ここのところ、ずっとタイムマネジメント研修について考えています。
「受講者の方が喜ぶタイムマネジメント研修ってなんだろう?」
「受講者の方がどんな気づきがあったら時間の使い方が変わるのか?」
「新しいネタやワークは、これを入れよう!」
・・・なんて、終わりのないテーマです。
しかし、ノートやパソコンの画面をずっと見ていても出て来ないアイデアが、全く関係のないことをしている時に、フッと出てくることがあると仕事に弾みが付きます。
さて、今回少し前進したのは、「何故、タイムマネジメントというと少々心の重さを感じる人が多いのか?」ということ。
タイムマネジメントという言葉の持つ語感から、「窮屈、面倒、縛られる、厳しい、生産性、効率・・・」といった言葉を連想し、ネガティブな気持ちになる人は少なくありません。
これが自分が元気な時だったら、「タイムマネジメントをやったら、仕事もできてプライベートの時間も充実できそう!」という期待も持てるのですが、あまり気力がない時は重荷に感じますよね。
その、あまり気力の無い時でも「タイムマネジメント」という言葉を穏やかに受け入れられるようなヒントは「マインドセットのぶれ」だと思うのです。
そもそもタイムマネジメントは、 【自分が大事にしていることや、やりたいこと】をやる為に時間内の行動を調整することでありポジティブなものです。なのに「大切なこと」を脇に置いて、自分を「縛り付けるもの」とネガティブに変換して受け取ってしまう。
自分の大切なことは、例えば・・・
家族で過ごす時間を大事にするために、タイムマネジメントをする。
行ってみたい場所を旅行するために、タイムマネジメントをする。
自分を磨く勉強をしたいから、タイムマネジメントをする。
友人と楽しく過ごす時間を作りたいから、タイムマネジメントをする。
こんなに単純なことなのに当初のマインドを忘れてしまうから、タイムマネジメントが重荷に感じてしまうのだと思います。
そういえば、私も企業でタイムマネジメント研修をする際に、
「生産性を上げるための~」
「効率の良い~」
という枕詞のついた研修をしていました・・・。
なんということでしょう!
これでは、受講者が肩に力が入ってしまうはずですね・・・(苦笑)
仕事であれば、
「より重要な仕事のために、タイムマネジメントをする。」
となりますが、本当はその先がありますものね。
いい仕事をして相手に喜んで貰うために、タイムマネジメントをする。
やりがいある仕事をして自分が成長するために、タイムマネジメントをする。
残業せず仕事ができてプライベートも充実するために、タイムマネジメントをする。
というマインドセットができた方が、前向きになれます。
初めの頃、私がタイムマネジメントのブログを始めた2007年4月から
クライアントの時間の満足度を上げたいということを書いていました。
(昔のlivedoor時代のブログ、懐かしい・・・)
単に時間を節約するだけでなく、
その方の考える「大切なもの」に時間を注ぐことがタイムマネジメントの目的。
先日読んだ『イスラームの日常世界』片倉ともこ著(岩波新書)に、
「ラーハ」という言葉が紹介されていました。
日本語に訳しにくく、強いて言えば「休息、安息」といった意味です。
しかし疲れたから休むという受動的ニュアンスではなく、
「ラーハの時間を持つ為に労働する」といった能動的で積極的な意味を持つそう。
例えば・・・
・家族と共に過ごすこと
・友人とおしゃべりすること
・神に祈りをすること
・旅すること
・知識を得ること
・瞑想すること
・ぼんやりすること
・眠ること
などがそれに当たるとのこと。
忙しくなると脇に追いやられるこれらのことが、人生においては本当は主役であることを思い出させてくれます。
自分の大事なもののために行動するという意味で、タイムマネジメントの基本的目的と通じるものがあります。
忙しいという字は、「心を亡くす」と書きますが、ほんと上手いですよね~
当初のマインドや、冷静さを忘れさせるのですから。
「大事なことをやる為」であっても、面倒でやっかいな仕事はしなければなりません。
しかし、それも【大事なことの一部】です。
そう思えば、タイムマネジメントの持つネガティブ感は減りそうです。
改めて、「自分の大切なものの為にタイムマネジメントする」ことを心に刻みたいと思います。
(こちらは、2020年11月のメールマガジンの記事より一部編集)